岡田印刷株式会社【千葉県柏市高田/総合印刷会社】

三勢観音縁起 印刷

三勢観音三勢観音

当社が事業の拡大に伴ってこの地に社屋を建設するに際し、敷地の一部に後記「野馬土手」の一部が残存することがあきらかとなり、柏市文化財保護委員会の要請に応えて現状のまま保存することにしたのですが、これを機縁にわが国における中世以前からの民間信仰に因み、馬頭観音を観請して「三勢観音」と命名、その霊魂を供養し、併せて当社関係者の人生旅路の平安と交通安全・作業の安全を祈念する事とした次第です。

野馬土手の伝説

関ヶ原の戦い(慶長五=1600年)で政権を掌握した徳川氏は、なお機動力のある軍馬の確保を必要としていました。

そこで慶長十九年(1614年)幕府は江戸周辺に軍馬養成を目的として「牧」を開設しました。牧とはいえ、現在の野田市、流山市、柏市、松戸市、鎌ヶ谷市、船橋市、習志野市、さらに成田市にまで及ぶ広大な原野に、房州の嶺岡牧とともに、佐倉牧、小金牧が経営されました。寛政年間(1789~1800)、小金牧には約五千頭の野馬の生息が記録されています。

この地域には宿場や村々が点在していましたので、牧と村落、牧と農地を区切っておくひつようがありました。この区切りを「野馬土手」と言い、網の目のように作られていました。しかし、近年に至って盛んな土地開発により、この歴史的な所産は次第に姿を消しております。


\"三勢観音御本尊\"三勢観音御本尊

付記

この馬頭観音菩薩像は、天平十七年(745年)創建と伝えられる九州・太宰府市所在の天台宗清水山・観音寺に所蔵されるものを模したものであり、原型は、四面八臂の木彫金泥塗、身長五メートル余で西暦1020年頃の作と推定されます。

頂上にいただく馬頭は、ヒンズー教の最高神のひとりであるビシュヌ神が、馬頭に化身して敵を倒したという神話から生まれたものと思われますが、中部地方山地の路傍によく見られる馬頭観音の石像などとは、馬背にたよった往時の交通手段に因って来たものであろうと思われます。

昭和61年4月社屋落成の佳日に記す
代表取締役会長 岡田 貞一

最終更新 ( 2010年 2月 23日(火曜日) 11:28 )